東方@ふたば
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画像ファイル名:1693637261503.png-(79701 B)
79701 B無題Nameとしあき23/09/02(土)15:47:41 ID:LjvudLwQNo.4800873+ 25年4月頃消えます
またらおきなのエロエロヒストリア
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1無題Nameとしあき 23/09/02(土)15:48:15 ID:LjvudLwQNo.4800874+
フランドールよ、お前はガラス瓶でアナニーしてたらアナルも国家も破壊しちゃった案件、ジョルジェ・マルティノヴィッチ事件について知ってるか?
 事の発端は1985年、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国のコソボ社会主義自治州にて、セルビア人の農夫ジョルジェ・マルティノヴィッチが病院にやってきたことだ。この時彼の尻にはガラス瓶が挿入されておりそのうえ瓶は割れていた。彼は負傷の原因について「畑で作業してたらアルバニア語を話す二人の男に無理矢理ガラス瓶を突っ込まれた」と話した。マルティノヴィッチはその後負傷の理由を「アナニーの失敗」だったと認めた。かと思えばまたまた前言をひるがえし「アルバニア人の仕業だ!」と証言したりするのだが、正直事件の真偽はあまり重要ではないだろう。真の問題はこの事件の余波、コソボにおける民族対立の激化だ。
2無題Nameとしあき 23/09/02(土)15:48:41 ID:LjvudLwQNo.4800875+
当時のコソボの人口の大半を占めていたのはアルバニア人だった。そしてコソボでは以前よりコソボの独立を求めるアルバニア人たちによって民族運動が展開されていた。それをコソボにいる非アルバニア人たちは脅威と感じていたわけだ。この事件が起きたのはそんな情勢でのことだった。前述の通り、マルティノヴィッチはセルビア人だ。そしてマルティノヴィッチが加害者と訴えたのはアルバニア人。ここからどんなことが起きるのか、多少歴史に詳しい者ならたやすく想像がつくだろう?
3無題Nameとしあき 23/09/02(土)15:49:06 ID:LjvudLwQNo.4800876+
セルビアのメディアは一斉にアルバニア人に対する批判をはじめた。その批判は言うまでもなく民族主義的な色調を帯びたものだった。例えばマルティノヴィッチの肛門の負傷はしばしばオスマン帝国による串刺し刑になぞらえられ、それを題材とした詩が発表されることさえあった。なんでオスマン帝国と思うかもしれんが、アルバニア人はムスリムが多かったためかつての東欧における強大な圧政者にしてムスリムによる帝国、オスマン帝国の脅威と結びつけるのが容易だったのだ。加えてオスマン帝国は極刑として串刺し刑を採用しており、お前らの祖先?のヴラド・ツェペシュにもオスマン帝国にいた頃に串刺し刑のノウハウを学んだというエピソードが残されている。他にも「ムスリムは精神が肛門期に固定されたままの幼稚な奴ら」といった偏見もいいところの意見が精神科医から出されたり、マルティノヴィッチを歴史上の殉教者と重ね合わせるような題材の絵画が作成されたりもした。いや、その、誰か「アイツアナニーに失敗しただけだと思いますよ」って言ってやる奴はいなかったのか……?
4無題Nameとしあき 23/09/02(土)15:49:46 ID:LjvudLwQNo.4800877+
こうしてコソボにおけるセルビア人とアルバニア人の民族対立は激化。のちのユーゴスラビア紛争にも繋がっていくこととなる。アナニーに失敗した結果国がズタボロになるとかブラギガスあきも真っ青だろうなあ。しかもこれ割と最近の事件だからなあ。いやはやまったく、事実は火鳥の後崎歩里雄シリーズより奇なりとはよく言ったもんだよなフランドール?
5無題Nameとしあき 23/09/02(土)15:50:37 ID:LjvudLwQNo.4800878+
ガラス瓶はただのきっかけであって遅かれ早かれ戦争は起きたんじゃないかな…
1981年の時点でアルバニア人学生たちによるコソボ独立運動とか起きてたらしいしぶっちゃけその通りなんだろうけどまあ一因ではあるだろうしね
6無題Nameとしあき 23/09/02(土)15:51:11 ID:LjvudLwQNo.4800879そうだねx1
どうせだからWikipediaにのってたマルティノヴィッチ事件についての詩も載せておこう
> 割れた瓶で
>火の上で
>貫かれる
>尻を
>しかし生き延びた
>ジョルジェ・マルティノヴィッチが貫かれる
>奴らが踏みにじった、奴らの将来の畑を手にするための、最初の、しかし大きな一歩
>阿片が切れると痛み
>ジョルジェ・マルティノヴィッチがやってくる
>遠い過去から
>トルコ人の時代から
>火刑場から蘇ったのだ
なんていうか…民族主義って怖いなフランドール 
7無題Nameとしあき 23/09/04(月)16:19:51 ID:YAdUNJhsNo.4800921そうだねx2
    1693811991487.png-(173289 B)
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キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
8無題Nameとしあき 23/09/08(金)23:06:21 ID:UqZRt9ZQNo.4800935+
フランドールよ、お前は皇室史上最強最悪のヤリチン、花山天皇について知っているか? 
 花山天皇は六十五代目の天皇であり、スキャンダルたっぷりの人生を送った悪名高い人物だ。彼はそもそも皇位につく前の時点でかなり芸術点の高いやらかしをキメている。天皇しか座れないはずの玉座、高御座にて女官を襲ったのだ。この高御座というのは伝統と歴史ある皇位の象徴のはずなのだが……何故か天皇本人がその権威に泥、というよりザーメンと愛液をなすりつける奇行に走ったわけだな。
9無題Nameとしあき 23/09/08(金)23:06:48 ID:UqZRt9ZQNo.4800936+
まあこのエピソードの時点で大体わかるだろうが、どうもこの花山天皇、下半身に脳味噌があるタイプの人物だったようだ。他にも中務という人物とその娘の平子という人物を同時に寵愛、要するに親娘丼を決めた挙句二人とも孕ませたというか逸話が残っている。うーん、これはまぎれもなくあのエロミミズクの同族。ちなみに生まれてきた子供はそれぞれ母腹宮(おやばらのみや)、女腹宮(むすめばらのみや)という考えうる限り最悪の名前で呼ばれたという。その……人の心とかないんか?
 他にも即位式では「これ重いんだよ!」って言って被ってた冠を投げ捨てたり、清涼殿の壺庭で馬を乗り回したりととかく奇行エピソードが多い。ここまで来るとネガキャンとか後世の創作とかを疑いたくなってくるが、例えば先述した冠のエピソードの出典は当時花山天皇に仕えていた公卿、藤原実資の日記『小右記』であり、要するに信憑性がかなり高かったりする。中には誇張や不正確な情報が混じってる可能性は排しきれないが、火のないところに煙は立たないの言葉通り、花山天皇本人がアレな人物だったことはほぼ間違いないようだ。
10無題Nameとしあき 23/09/08(金)23:07:43 ID:UqZRt9ZQNo.4800937+
さてこのようにアナーキーな天皇生活を送っていた花山天皇だが、ある時彼を悲劇が襲う。彼が寵愛していた妃、藤原忯子が胎児をお腹に宿したまま亡くなってしまったのだ。愛する人の急逝に打ちひしがれた花山天皇は出家への望みを口にするようになる。しかし政界というのは今も昔も毒蛇の巣。当時の大物政治家、藤原兼家はこれ幸いとばかりにこの一件を権力闘争に悪用。花山天皇を罠にかけそのまま彼を出家、退位へと追い込んでしまう。こうして花山天皇の治世は終わり花山法皇が爆誕することとなる。
 まあ出家した程度で花山法皇の性欲が収まることはずもなく、花山法皇はその後も女遊びをつづけていた。(さっきの母娘丼のエピソードも実は退位後の話だったりするぞ)。
11無題Nameとしあき 23/09/08(金)23:08:36 ID:UqZRt9ZQNo.4800938+
特に彼は藤原忯子のことがどうしても忘れられなかったようで、彼女の妹である四の君の屋敷にお忍びで通い詰めていた。ちなみにこの屋敷には四の君の姉、三の君も住んでいたのだが、これが事件のきっかけとなる。三の君の相手である藤原伊周が「あんのスケべ法皇、まさか俺の女に手ェ出してんじゃねーだろうなあ!?」と疑いの心を抱いたのだ。こうして伊周は弟の隆家と共に花山法皇を襲撃。花山法皇は衣の袖を弓で射抜かれるなど命の危機にさらされたが、一命は取りとめた。いわゆる長徳の変という奴だな。正直この時代のいったいどのあたりが「平安」時代なんだろうな。普通にドロッドロの時代なんだよなあ。
12無題Nameとしあき 23/09/08(金)23:09:14 ID:UqZRt9ZQNo.4800939+
まあこの通り皇室にもヒャッハーしてた時代があったわけだ。ちなみに歴代天皇には他にもデカチンにハマリすぎて危うく皇権を譲りかけた奴とか、裸に剥いた女に馬の交尾見せて、股が濡れたのを殺した奴とか、まだまだ恐るべし強者が残ってたりするぞ。まああの辺りは後世で盛られた可能性が高いけど、花山天皇の場合は母娘丼とか冠投げ捨て事件とかほぼ確実にあったことだからなあ……やっぱ現実ってすげえわ。
13無題Nameとしあき 23/09/09(土)12:05:52 ID:WB/ztK82No.4800940+
ねえ知ってる? 花山院は延暦寺で灌頂受戒した後摂津の中山寺で封印されていた観音の法印を発掘し熊野から宝印にゆかりのある観音霊場を行脚して回る結縁の巡礼を始め大きな法力を身につけたと言われているわ 彼の冒険は後に西国三十三所観音巡礼として整理され日本で最も歴史がある巡礼として今でも多くの参拝者が彼の足跡を踏み習っているわ
この熊野詣の際に安倍晴明が付き従っていたという伝説があって晴明が各地に熊野神社を勧請したという由来を持つ神社が残っているの東京葛飾区にある五方山熊野神社もその一つでここの神紋が地霊殿のステンドグラスのモチーフだってことで今度の秋祭りに古明地姉妹とお空のコラボお守りや絵馬を頒布するらしいわね でもグッズ化の際キャラの絵を入れたがる傾向を憂いている魔王の意見に賛意を表する私としてはむしろ通常頒布されているお守りの方に所有欲を刺激されるわ!
14無題Nameとしあき 23/09/12(火)09:34:53 ID:.IPShD52No.4800966+
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キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
15無題Nameとしあき 23/09/22(金)23:50:09 ID:ukAv.3HYNo.4800992+
フランドールよ、お前は圧政に苦しむ民衆を救うため全裸で馬にまたがり、コヴェントリーの街を行進したと伝えられる麗しき貴婦人、ゴダイヴァ夫人について知ってるか?
 ゴダイヴァ夫人は11世紀のイングランドの人物で、マーシア伯レオフリックの妻だ。彼女はとても情け深い人物であり、夫のレオフリックがコヴェントリーの人々に対し重税をかけるのを見て心を痛めていた。そこで彼女は夫に対し民衆を重税をかけるのをやめるよう直訴した。すると夫は彼女に対し「素っ裸で馬に乗り、コヴェントリーの街を行進することができたら頼みを聞いてやる」と答えた。
16無題Nameとしあき 23/09/22(金)23:50:27 ID:ukAv.3HYNo.4800993+
レオフリックはどうせできやしまいと思いこんな無理難題を要求したのだろうが、ゴダイヴァ夫人の民衆を思う心は彼の想像よりずっと強いものだった。ゴダイヴァ夫人は夫に言われた通り、素っ裸で馬に乗り、長く美しい髪をなびかせつつコヴェントリーの町を行進した。また民衆たちもゴダイヴァ夫人に対し恩義を感じ、家に閉じこもるなりして夫人の裸体を見ようとしなかった。こうして夫人は貞潔を汚すことなくこの無理難題を攻略し、レオフリックもまた妻との約束を守り民衆に重税を課すのをやめたのだという。
 しかし民衆の中でただ一人、トムという男だけは欲望に負けてしまい、夫人の裸体をこっそりと盗み見てしまったという。英語には日本語の「出歯亀」と同じニュアンスを持つ言い回しに「ピーピング・トム」というものがあるが、その由来は前述のトムのエピソードだったりする。まあトムよ、私にはお前の気持ちよーくよくわかるぞ。麗しい貴婦人がうつくしい髪をなびかせ、玉のような肌をさらし、羞恥に頬を赤らめつつ白昼の路上を歩くとか眼福にもほどがあるもんなあ。
(画像はジョン・コリア「ゴダイヴァ夫人」)
17無題Nameとしあき 23/09/22(金)23:50:43 ID:ukAv.3HYNo.4800994+
まあ歴史学的な観点から言うとこのエピソードは史実ではないらしく、モデルとなる人物は実在したものの前述の露出プレイは実際には行われなかったとのことだ。しゃあないことだけど歴史家っていっつもロマンをぶち壊しにしてくるよなあ……。
 とはいえこのエピソードの影響は大きく、例えば現在のコヴェントリーには全裸で馬にまたがるゴダイヴァ夫人の像が設置されており、町のシンボルとなっている。またチョコレートで有名なゴディバの名前の由来も何を隠そうこのゴダイヴァ夫人だったりする。これまでは現実が虚構を凌駕するようなエピソードばかり紹介してきたが、時には空想が現実に大きな影響を与えることもあるということだな。
18無題Nameとしあき 23/09/22(金)23:51:00 ID:ukAv.3HYNo.4800995そうだねx1
「おまけ」
 ゴダイヴァ夫人のエピソードの漫画を掲載してるサイトを発見したから、このスレを見てくれたみんなにもおすそわけしとくぞ。私は1ページ目の時点で、服の上からでもはっきりと膨らみがわかる美巨乳なゴダイヴァ夫人に対し、竿役じみたゲスなオーラを放つレオフリックと、胸も股間もひじょーにワクワクさせられたぞ。みんなもぜひ読んでみるといい。
ttps://ajiposo2000.main.jp/godiva2.html
19無題Nameとしあき 23/09/27(水)17:47:11 ID:0lhOlMT6No.4801004そうだねx1
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キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
20無題Nameとしあき 23/10/13(金)22:28:24 ID:PElYo1XQNo.4801064+
フランドールよ、お前は中国暗君界隈漁色家部門不動のtier1、金の海陵王について知っているか?
削除された記事が1件あります.見る
1無題Nameとしあき 23/10/13(金)02:51:31No.16577055そうだねx5
 海陵王は女真族による王朝「金」の四代目の皇帝だ。彼は1149年に、無能な暴君であり、海陵王にとって従兄にあたる第三代皇帝の熙宗を弑虐し帝位に就いた。当時の人々の中には暗君が除かれ新たな皇帝が立ったことに安堵する者も少なくなかっただろう。ところがどっこい、海陵王は熙宗をも凌駕する中国史上最悪クラスの暴君だった。海陵王は即位するやいなや目障りな宗族や元勲の一族らを片っ端から粛清。また彼は漢文化に傾倒しており急進的な漢化政策に着手。国都を会寧から燕京に移すなどした。
21無題Nameとしあき 23/10/13(金)22:28:45 ID:PElYo1XQNo.4801065+
に彼は藤原忯子のことがどうしても忘れられなかったようで、彼女の妹である四の君の屋敷にお忍びで通い詰めていた。ちなみにこの屋敷には四の君の姉、三の君も住んでいたのだが、これが事件のきっかけとなる。三の君の相手である藤原伊周が「あんのスケべ法皇、まさか俺の女に手ェ出してんじゃねーだろうなあ!?」と疑いの心を抱いたのだ。こうして伊周は弟の隆家と共に花山法皇を襲撃。花山法皇は衣の袖を弓で射抜かれるなど命の危機にさらされたが、一命は取りとめた。いわゆる長徳の変という奴だな。正直この時代のいったいどのあたりが「平安」時代なんだろうな。普通にドロッドロの時代なんだよなあ。
22無題Nameとしあき 23/10/13(金)22:31:26 ID:Jd6kTESENo.4801066+
この時点でもう十二分にオラついてるが海陵王のヤバさはこんなものではなかった。彼の真の恐ろしさは下半身方面であり、その荒淫っぷりは中国史上最強最悪といっても過言ではないほどだった。彼は大量の粛清を行ったが、同時に殺した男どもの妻を後宮にぶち込み好き勝手に犯しもした。その性癖の幅は広く人妻、姉妹丼、親娘丼、幼女、近親相姦となんでもアリだった。あと犯し方も極悪非道で、ある姉妹をまとめて手籠にした際、姉の方に「どうして私だけでなく妹まで犯したのですか!?」と詰め寄られたのに対し「お前の妹は器量ではお前に劣るが肌がとても白かったので可愛がってやったのだ」と答えるなどガチクズっぷりを発揮。また辟懶という名の宮女を犯そうとした際、彼女が妊娠しているのを見て堕胎させようと目論んだ。辟懶は「乳房はもちろんのこと身体全てを使ってご奉仕します!」と言って胎児の命を守ろうとしたが海陵王はガン無視。彼女を無理やり流産させその後で陵辱した。
23無題Nameとしあき 23/10/13(金)22:31:42 ID:Jd6kTESENo.4801067+
このように暴君ライフを満喫していま海陵王だが彼の欲望はとかく際限がなかった。彼は金の南にある漢民族による国家「南宋」を滅ぼし、その君主を自分にひざまずかせるという望みを持っており、その野望を果たすべく南宋への遠征を計画。また生母から遠征を諌められるとこれをサクッと殺害。遺体を焼き払った挙句残った遺灰を川に廃棄した。こうして彼は周囲の反対を押し切り大軍を率いて南宋に出兵。しかし母親まで殺して行ったこの遠征はあっけなく失敗に終わってしまう。金軍は采石磯の戦いで敗北。更に本国では海陵王のいない隙をつき反海陵王派が反旗を翻し、従弟である世宗を擁立してしまう。これにより海陵王は完全に追い詰められ、最期は部下の裏切りに遭い殺害されてしまう。ちなみに死後の海陵王は皇帝として認めてもらえず「海陵郡王」と呼ばれ、その後「王」ですら相応しくないということで庶人に落とされた。金の正史である『金史』においても彼の名は「廃帝海陵庶人」と記されている。
24無題Nameとしあき 23/10/13(金)22:31:59 ID:Jd6kTESENo.4801068+
もう完全にsenkaモノエロ同人の竿役か何かなんだよなあコイツ……。中国の長い歴史においてもここまで歪みのないパーフェクト暴君は流石に珍しいというか。粛清とか弑虐とか急激すぎる改革とか民への搾取とか戦争の敗北とか暴君要素を満遍なく取り揃えている上に桁外れの性欲だからなあ……やっぱ現実ってすげえわ
25無題Nameとしあき 23/10/13(金)22:32:23 ID:Jd6kTESENo.4801069+
世宗の功績
・逆侵攻をかましてきた南宋軍を撃退
・その後、南宋と和平を結び南宋からの貢物を減らして友好関係を保つ
・外征をなくして対外関係の改善に努めて40年の平和な時代
・契丹の反乱鎮安
・先代のやりたい放題のせいで火の車になっていた財政の改革に尽力
・宮廷費を削減し、皇帝から率先して質素倹約に努める
・官吏の人員削減
・定期的に民有財産を評価してその多少によって課税したり
富裕層に米や粟を課税して代わりに官位を与える税制改革
・不当に土地を奪われた民の土地を調べて返してやる
・女真族の固有文化を保護すべく女真文字の奨励
26無題Nameとしあき 23/10/13(金)22:32:39 ID:Jd6kTESENo.4801070+
普通なら反乱で皇位を簒奪した次代皇帝がそれを正当化するために
国史を編纂する役人や学者に圧力かけて前代皇帝の悪行を盛りまくった可能性も疑うんだけど…
それにしては妃が海陵王に召し上げられて自害したことと
それを指咥えて見てるだけで眉一つ動かさなかったのが世宗にとっての恥の記録でもあるんだよな
そして世宗の皇帝即位後は自害した亡き妃に皇后位を贈って生涯他の女性を皇后にすることはなかったから
心から自害した妃を愛していたんだよな…
27無題Nameとしあき 23/10/19(木)11:05:08 ID:1DHoJ2wUNo.4801113+
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フランドールよ、お前は19世紀フランスの曲芸師にしてある偉大な発明を後世に残した男ジュール・レオタールについて知っているか?
28無題Nameとしあき 23/10/19(木)11:06:03 ID:1DHoJ2wUNo.4801114+
レオタールはフランスのトゥールーズ出身の人物だ。彼は元々法律の勉強をしており一度は試験も突破。しかし結局は法律家ではなく曲芸師になる道を選び、「シルク・ナポレオン」に加わったという独特の経歴を持つ人物だ。彼の実家は水泳プールを経営しており、彼自身幼少期から水泳で肉体を鍛えていた。それもあってか彼は若い頃から曲芸師としての才能を存分に発揮。二十一歳の時にはシルク・ナポレオンにて世界で初めてとなる空中ブランコ芸を披露している。
29無題Nameとしあき 23/10/19(木)11:06:34 ID:1DHoJ2wUNo.4801115+
この時点でもう大分キャラが立ってるが重要なのはここからだ。彼は空中ブランコ芸を披露するだけでなくそれに適した衣装も考案した。それは上下一体型で体にピッタリとフィットしており、動きやすく、芸を披露する際服の端が何かに引っかかったりすることがないなど安全性に優れ、また肉体の動きをよりはっきり見せることができるなど様々な利点を持っていた。そして何より鍛え抜かれたレオタールの肉体美を大いに強調した。この優れた衣装はその後サーカスの枠を超え大いに普及していき、考案者であるレオタールにちなんだ名前で呼ばれることとなった。そう、皆んな大好き「レオタード」だ。
30無題Nameとしあき 23/10/19(木)11:07:15 ID:1DHoJ2wUNo.4801116+
この通りレオタードは元々男性の肉体美を強調するためのものだったが、時代が下るにつれ女性の肉体のなめらかな曲線美を引き立てる素晴らしすぎる衣装として人気を博すこととなる。その影響力は極東のHENTAI国家にも及び、多くのアニメや漫画やゲームのキャラクターがこの衣装を纏いなまめかしい肢体をさらすこととなった。ちなみにレオタールは天然痘に罹患し32歳という若さで夭折しているが、彼の生み出したものは現代においてもなお残りつづけており、多くのアスリートに愛用されると同時に助平どもの股間を熱くしている。つーかぴっちり衣装のエロスとか人類が滅亡でもしない限り忘れ去られるはずないんだよなあ……やっぱエロの力って偉大にもほどがあるわ。
31無題Nameとしあき 24/03/12(火)16:33:15 ID:WnwlhXUcNo.4801850+
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